category:昭和10年代
写真は昭和17年
父の兄弟の次男 前田茂七(昭和元年生まれ)氏とこの地域では他に港西園芸(服部氏)と服部正義氏の2名、計3名が予科練特攻志願兵になったそうです。
予科練訓練生として招集日に愛知県庁広場に集まり、桜通りを行進して名古屋駅に行き電車で移動。三重県海軍航空隊に所属して奈良県丹波市町(現 天理市)の軍が接収した天理教の建物を訓練生の宿舎としてところに行ったそうです。そこから九州の長崎・天草に配属され、飛行訓練をしたそうです。当時練習用飛行機は水上飛行機だったそうです。なざなら戦闘機は特攻にすでに使われてしまっていたため練習機がなかったそうです。昭和20年5月頃、ここ場所から関東の霞ヶ浦の本隊に移動。そしてこの場所で終戦を向かえたそうです。
※ 父 前田明から写真を見ながら当時のことを記載しています
平成25年3月14日(木)補正 前田茂七氏ご本人に確認して修正を行いました。
写真提供 前田酒店
記事執筆者 前田酒店
PR
カレンダー
フリーエリア
最新コメント
プロフィール
HN:
そよかぜ♪
性別:
非公開
ブログ内検索
最古記事
(02/20)
(02/21)
(02/21)
(02/21)
(02/21)
P R
どこからおいでどす?
ようこそおいでやす♪
Copyright © 稲永・野跡・宝神地域の歴史探訪記 All Rights Reserved.