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当時の写真と伝聞を元に後世に残しておきます
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昭和43年2月 西稲永町内会の野球(ソフトボール)倶楽部が女性投手が投げぬき優勝した。前田酒店(前田明)、肉のなか彦(加藤)、現西稲永荘10棟在住(石川)の姿が見られます。
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現在の潮凪橋の前身の写真。
この橋がかけられたのは、潮凪から空見に飛行場が移る為に計画された橋だそうです。昭和初期に潮凪は飛行場で、旅客機もここから飛んでいたそうです。双発機、練習機、がよく見られたのことです。


                写真所有者  前田酒店


  
  8年程前ですか?
  数十年以来、初めて前田さんと会話した出前花見会の夜です。

        写真提供  jiashu1様(仮称)
        記事執筆者   同上

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前田酒店ご常連客(立ち呑み)企画の春の桜花見会での一コマです。
当時の常連客がお誘いされた友人にjiashu1様がみえたのでした。
jiashu1様が16歳の時に前田酒店にアルバイトに来られてしばらくして学業専念のためにおやめになられて以来の再開だったのです。 

        執筆者   前田酒店
 


稲永小学校校舎(旧、港西小学校)
昭和29年2月・・学芸会と裏面に記載ありました。
小学1年生の終期です。
木造2階構造で板壁の記憶があります。
服装を見れば、各生徒の家庭の裕福さがみられると思います。
用務員さんが鍵のかけ忘れなどがあった日には、近所の子ども達と真っ暗な廊下を足音を
忍ばせ教室などで幽霊探査をしていました。
現在と違って、いつでも学校に入れましたから・・
釘とかガラスの破片やその辺りにある石ころで地面さへあれば独創的な遊びが十分に出来た頃です。


          写真提供  jiashu1様(仮称)
         記事執筆者    同上




第1第2か分かりませんが稲永埠頭の埋め立て工事現場がこの頃の子ども達の遊び場でした。
周囲には遊び場が無いため、自然に馴染んだ遊び場を探すことに難はありませんでした。
この頃の海は砂地もあり水の色は綺麗でした。



          写真提供  jiashu1様(仮称)
          記事執筆者  同上
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